習性

ドブソニアン(天体望遠鏡)を作ったのですが、毎日この天候で星夜はおろか月面すら観ることが出来ません。


星夜はとりあえず梅雨明けまでおわずけ。


 


覗くと覗いている自分の目ん玉が主鏡に映ります。その目ん玉が主鏡の真ん中に位置するように主鏡と斜鏡を調整。これでOKです。


接眼ピースを付けてこれでOK、風景を覗いてみましたがなかなかのものです。


風景は逆さまに見えますが、コレは当然のこと。


改めて、塗装計画をいろいろと想定。


閑話休題、望遠鏡を最初に作ったのは小学6年の頃でした。


最初に作ったのはガリレー(ガリレオ)式の屈折望遠鏡でした。適当な円筒形の物が身近に無い為、ボール紙を丸めて鏡筒を作りました。


当時は接着剤といえば、文具店で売っている糊か工作用のセメダイン(当時はセメンダイと行っていた記憶があります)しかありません。


又、今みたいにガムテープがあるわけではありませんので、ボール紙をまるめた最後の仕上げの接着とその押さえに苦労した思い出があります。


とにかくホームセンターやDOIT、ハンズがありません。すべからく手作りなんです。


そのトラウマでしょうか?


活火山は丸い、円筒型の物をみるとツイ捨てるのを躊躇ってしまいます。


サランラップの芯、コピー機のドラムのケース、キャップ式の缶コーヒーの空き缶、水道工事に使用した塩ビ管の廃材等、円筒形の物をみると手元に残してしまいます。


実際には、それらを利用して望遠鏡を作る訳でもないのに不思議なものです。


これを書いている内に、亡父のことを思い出しました。


ボール紙の最後ののりづけが、文具屋の糊では接着力が弱いため、親父がご飯をへらでツブシそれを水と練り合わせて、強力な糊を作ってくれました。


昭和30年代、世の中はまだ物資が乏しい時で、むろん週休二日なんてものもないころ、大人は生活に追われていた時代だったと思う。


当然、子供になんか構ってくれないような時に、活火山の工作の手伝いをしてくれたもんと、今改めて認識した次第。


親孝行、したいときには何とかですね。


急に寂しい様な、懐かしい様な不思議な感情が湧いてきました。


 


 

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