今日は平凡パンチで行こう(笑)

katsukazan

朝鮮半島

朝鮮半島は、特段の動きは無いようです。

ただ中国の北朝鮮への対応が今ひとつ腰が引けていて、トランプ大統領は、カールビンソンを時間稼ぎの遊弋をしながら、駒を進めているような気配が伝わってきます。

 

おりしも今日、4月28日が、いまは既に廃刊になった「平凡パンチ」の創刊の日だそうです。

「平凡パンチ」別ブログでも取り上げましたので、できるだけ内容はダブらないように行こうと思います(汗)

http://takao-channel.odoaba.com/2017/04/28/post-229/

平凡パンチ

平凡パンチと言えば、あの表紙と、当時の意表を付いたジャンルへの切込みが印象に残る週刊誌でしたが、その影響力の大きさと破壊力は、今の北朝鮮の弾道ミサイル・テポドン改良2型並でした。

昭和30年代、週刊誌「週刊平凡」や芸能雑誌・月刊「平凡」を発刊していた平凡出版(株)が、男性のとりわけ、若者のファッションや話題に特化した、文化情報発信誌のような週刊誌「平凡パンチ」を発刊したのが1964年4月28日でした。

アメリカ東部の名門私立大学で構成されるアイビーリーグの8大学のトラディッショナルなファッションという側面に特化して情報を日本に発信したのですが、その影響力の一つにアイビールックのヘアスタイルがあります。

これです。

小沢一郎と漫画フジ三太郎

今は自由党の党首の小沢一郎氏ですが、1964年当時は、大学2年生ですから、平凡パンチが大学生、高校生を中心に一世を風靡した時に、その洗礼を受けているはずです。

長年小沢党首を見てきて、興味が行くひとつがヘアスタイルです。

父・佐重喜の急死に伴い第32回衆議院選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、27歳の若さで当選した時の自民党幹事長・田中角栄氏と並んだ画像があります。

この頭のてっぺんを平らに押さえつけたスタイルがアイビーカットです。

サトウサンペイ氏による漫画「フジ三太郎」が朝日新聞に掲載されたのが、1965年4月1日ですから、「平凡パンチ」発刊後ほぼ一年後ですから、平凡パンチの表紙を飾ったイラストレーターの大橋歩氏のイラストにほとんど毎回顔を出す男性のヘアスタイルと重なります。

当時、ポマードかチックしか無かった時代に、髪の重量感を出しながら、液体のリキッド整髪で頭を固定するような感じの手法がアイビーカットでした。

その影響力は、平凡出版社に比べて、大手の集英社をして、対抗誌になる「週間プレイボーイ」を発刊させ、NHK朝ドラの「べっぴんさん」にも出てくる松下優也が演じるエイス社長の男性ファンションメーカーのモデルになる、ヴァンヂャケット創業者・石津謙介氏を誕生させたのですから、明らかに大きな新文化の発信でした。

新文化を拒んだ学生群像

この文化は反面大きな軽薄さを持っておりました。

そして、その軽薄さを頑強に拒んだ集団の一つに、学生運動のグループがあります。

戦後の学生運動の系譜は、日本共産党下で組織化された「全学連」が始まりですが、1955年の六全協で日本共産党の山村工作隊で代表される武装闘争路線が総括され、主流派の代々木系(日共系)と反主流派のグループが誕生しました。

主流、反主流ともに、政治意識の高い左翼学生が、一般学生を軽蔑するかのように、ひたすらこの新文化に背を向けたことは、大きな特徴とも言えることではないでしょうか?

主流派は時間の流れの中で、共産党系の民青に組織化され、反主流派は民青に敵対する過激派へ変貌していきます。

 

学生運動に関わった集団が、やがて、反日サヨクと呼ばれるようになり、沖縄基地反対闘争では、70年代にご活躍された、反代々木派・反主流派のいわゆ過激派や、全共闘世代であるOB、OGがリタイヤ後にプロ市民として、沖縄に乗り込み激しい運動を展開していると言う事実があります。

 

 

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