小川榮太郎氏FB投稿記事について・備忘録として

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文芸評論家というより、行動する保守系言論人というべき存在の小川榮太郎先生は、日頃よりfacebookにも積極的に投稿されて、kazanはいつも拝見してしている一人です。

8月11日、投稿された記事の一説のいい言葉に感銘を受けました。

社会は法で保たれるのではない。

良識と信頼で保たれる。その部分が担保されねば法など機能しない。

 

記事の埋め込みが不可能でしたので、全文引用します。

〈メディア関係者に真剣に読んでいただきたい〉
私が今メディアの問題を深刻にとらえているのは、単なる一政権叩きという次元の事ではない。
メディアとして信頼を託されているはずの大新聞、テレビ、文藝春秋や中央公論など老舗の月刊誌が、全く事実と異なるキャンペーンを張り、異常な虚報を繰り返し、それらに携わる数千人と想定される言論機関の人間が、その事を恐怖も恥もなく遂行している。
これはもう日本の社会がデモクラシーの基幹部分で壊れている証左だという点なのである。
社会は法で保たれるのではない。良識と信頼で保たれる。その部分が担保されねば法など機能しない。
日本を代表するメディアに携わっている人たちは、優秀とされる大学を出たエリート(私から言えば高学歴無教養人ばかりだが)な訳だろう。その人たちが、事実と理性を業界全体でかなぐり捨てて、暴走している。
この人たちはヒトラー政権になれば、何の痛みも疑問も持たずに人間をガス室に送り込める人種なのだろうと私は感じる。
そんな良心の不感症に侵された人たちが数千人単位で言論機関を占拠している。その多くは、一人一人みれば、きっと虫も殺せぬ小さな常識人なのだろう。
が、彼らが集合して虚報を平気で垂れ流し続ければ、そこには司令塔なき全体主義が出現する。
司令塔なき全体主義を平然と許せば、次は司令塔と投獄拷問政治犯殺害を平然と敢行する本物の全体主義時代が来る。
今、日本は瀬戸際にいる。
今、許してはならぬものをはっきりと日本社会が拒絶できるか、曖昧に許してしまうかが、日本に明日があるかないかを決める。
私は私のやり方で朝から晩まで戦っている。

2017年8月11日 小川榮太郎氏投稿記事・facebook

 

facebookでは、kazanは相変わらずの保守・現実主義を貫き、記事を投稿してますが、最近の安倍政権が、政権交代を余儀なくされたことを受け、これは保守の敗退・後退と認識して、その原因になった、マスコミの偏向報道と印象操作に対し、激しく持論を展開しています。

 

ともすれば、不毛と思えるような自身の非力さに忸怩たるものを感じ、ついエキサイトしては、反日左翼勢力や言論人へ挑発的な攻勢を受けて挫けそうになりますが、そうした中で、かような冷静な文章を拝読すると、ほっとするとともに、感銘と反省することしきりです。

 

facebookで、小川先生と「FBのともだち」になっていたことを改めて感謝する次第です。

 

 

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