日本人には盾と最悪の事態への対応思想が欠如していた・百田尚樹氏ラジオ出演から

百田尚樹

kazanの「永遠の零」

「永遠の零」の作家・百田尚樹氏は、保守系の発言し、発信する作家として存在感が日増しに大きくなっています。

実は、kazanは、百田尚樹氏が、関西在住の放送作家であった頃の活躍はあまり知りません。

理由は、長く東京に住み、ベストセラーになった著書の「永遠の零」が映画化された頃、すでに浅草から高雄にワープしていた所為で、その存在を知ったのは、youtube動画やポッドキャストで、多方面に出演されていたコンテンツを視聴するようになって、存在を知り得たとう背景があります。

従って、著名な作家の印象を語る時、その作家の著書を読まずにweb上のコンテンツだけで、ブログに取り上げると言う暴挙に恐れを抱いておりましたが、今年・4月に来台した友人が、持参してくれました「永遠の零」により、ようやく拝読する機会を得たことで、貴重な小説の一冊になった経緯があります。

kazanにとっての百田尚樹氏

かねてより、保守陣営の論客として、とりわけ地上波以外の媒体で活躍されている作家にのファンになりましたが、自身の拙文に恥じて、軽々にブログへの投稿をはばかるような一抹の不安から、その躊躇を優先させてきました。

今日、と言っても、このブログがアップされる時は、日にちは変わっているのですが、8月21日、毎週欠かさず視聴している、文化放送「おはよう寺ちゃん」に出演されて、kazan自身が百田氏の思想見解に、自分なりの思考体型を構築できず、海馬の中で散乱せていた思考や情報の断片を見事の集約して、解説してくださった事で、深夜に一気にブログを打ち込んでいます。

最新本「戦争と平和」・百田尚樹 著

最近発売された「戦争と平和」については、別放送のインターネット配信テレビで出演されている番組で、すでに一週間ほど前に紹介されてましたので、大いに興味を持っていたのですが、偶然今日のポッドキャストでホットな一部を知ることなりました。

それは、

「これは歴史、文化、思考の「風土の公理」であることは間違いない」

 

ということで、番組で紹介された、

「零戦は、戦闘能力は優秀であったが、防御という点では同列では無かった」

「日本の戦の歴史に盾の思想が欠如していた」

「最悪の事態への対応思想の欠如」

はそれぞれが、ほとんどの歴史や事象に当てはまります。

武将の鎧は、防御ではない

言われてなお考え詰めれば、戦国時代の終わりまでの鎧はサムライの精神的美学から派生したとすれば、納得が行きます。

 

つまり、戦で「死」に直面すということを運命的遭遇では無く、むしろ必然にしていたと言えるでしょう。

 

その思想がさらに「武士道とは死ぬことと。。」という「葉隠」に昇華されたと仮定するなら、兵卒や将官の消耗は、戦争遂行に必然的追従する事象としたことを根底に、生み出された戦闘手法や作戦方式、戦略体型は一気にこの発言に集約されてしまいます。

召集令状、徴兵、国民皆兵、死守、全滅を玉砕に形容する手法、特攻等が、すべて、この公理で説明がつくのですから、軽い言葉いうなら、オールマイティーな結論とも言えます。

 

防衛に対する曖昧な見解や、国論の断絶は指摘された、リスク管理への対応能力の欠如に現れていると断定すれば、現代の日本社会の病巣も一気に結論付けられますから、今回は、作家・百田尚樹氏の洞察力の破壊力を鮮やかを、改めて教示させていただいた瞬間です。

 

これは、百田尚樹氏が、「永遠の反日左翼」に位置付けられた瞬間であり、今後の相対する反日左翼勢力との対決で、勝利されることを確信します。

 

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