ついオチョクル反省と自戒を新たな怒りに変換・売春婦像

facebook

数年目なら、敏感に拒絶反応した

数年前なら、即座に「撤去」「けしからん」と反応し、カウンター投稿をしたものですが、最近そのことに、シジフォスの神話のような徒労感が先に立ち、無力感を払拭しようと、逆にブラックパロディー化して、自身を偽りの達成感に導こうとする意思が働くことの危険性を感じます。

facebookの友達の森本敏生さんの投稿に、この画像に関連したものがあり、<いいね>が382件付いていました。

 

無論その画像の背景を避難・抗議する意味で、それに賛同する<いいね>です。

 

下の画像は投稿者の設定だと思いますが、シェア出来ない設定になっているようでしたの画像で紹介させて頂きます。

そして投稿に対するkazanのコメントですが、なんか複雑な思いになりましたので、今日は、この記事を打ち込んでいます。

 

尽きない嫌がらせ

韓国人の嫌がらせについて書く時に、kazanはかなりの頻度で報道写真家の宮嶋茂樹氏がかなり以前に自身のブログ産経izaに投稿した記事にあった一節、

他人の嫌がらせやらせたら、韓国人は中国人も舌を巻くほどうまい

が、kazanの記憶の中で

「人を貶めることにかけては、世界で韓国人に勝る民族はいない」

 

ここまでまで、AI自動進化して、頻繁に切り口使うのが常套になってしまいました。

 

この数年間、宮嶋茂樹氏の記事を切り口に、時には罵りながら、時には激しくカウンターを発進してきたつもりですが、尽きない現実に対する徒労感が先立ち、つい、「褒め殺し」的ニュアンスとその感情を込めて逆説的なカウンターになってしまいます。

逆説的カウンター効果

欧米人が、日本の行動や、感情を観察する時に使われる例に「日傘」と「悲しい時の無意識なが笑み」がよく、エッセーなんかで取り上げられます。

「日傘」に関する日本人への観察

炎天下日傘をさして道を歩いていた時に、知り合いの外国人(主に欧米人)と出会います。

そこで数分の間、挨拶と、二言三言、数分間の立ち話をする時、日本人は、日傘をさしていない外国人に対して、わざわざ、自分が暑さをしのぐためにさしている傘を閉じてその間の会話をするんだそうです。

 

これは、kazan流に言えば、背の高い外国人と背の低い日本人が立ち話をする時に、背の低い日本人が傘をさしていれば、相手の顔が見えないからだろうとも思うのですが、

著者は、日本人は礼儀正しく、相手と同じく、各句な条件であれば、その環境を共有して、同じ条件立場で、「こんにちは」「今日は大変日差しが強く、暑いですね」と、わざわざ強い日差しを避ける為にさしている日傘をすぼめて会話をする。

これが、外国人には奇異に写り、それを、日本人の美徳として「思いやり」とか「いたわり」の真理、心情的背景と分析される

 

のだそうで、この内容は、名前を失念しましたが、日本の著名な作家かエライさんの話として溶解されていたことを思い起こします。

 

「悲しい時の無意識なが笑み」に関する日本人への観察

一方、大変な災害や、不幸に遭遇した時、日本人に話かけたり、インタビューをすると、多くの場合に、本当は心から悲し、嘆き、泣き叫ぶ時に、「うっすら」笑みも似た、はにかむ表情をしながら、「本当に大変でした」あるいは「悲しい」ですという言葉が、口からでてくる。

これが外国人に大きな不思議で、日本人は、ネガティブな状況に陥ったとき、外国人が普通想像するような表情や言動と反対のアクションをとるのだそうです。

 

品格や知性、レベルの低い対象には伝わらない

こうした意味不明の日本人特有の特性かもしれませんが、こんな逆説的なアクションは、品格や知性、レベルの低い対象には伝わらないことは重々理解していても、根負けなのでしょうか、つい、「褒め殺し」あるいは、嫌味、皮肉のような形でカウンターをしてしまいます。

恐らく、根負けしてるのかも知れません。

長くなりました

 

朝鮮半島人や中国人との歴史戦は長丁場ですから、ごるふではありませんが、ラウンドの途中、茶店で休憩がてらに、こうした嗜虐的な心理に一時逃避するのもアリかと思うのですが、常に、リアルなカンターアクションを行わなければ、我々の真意は伝わらないものだと、反省もしてしまいます。

 

ただ、彼らの「反日」「ディスカウントジャパン」が、民族的な使命でありながら、それが経済的利益にもつながり、さらにそれが日常の楽しみ・レジャーになり、生きがいにもなっているから始末が悪いことこの上ありません。

 

モグラ叩き

「モグラ叩き」は永遠に続きます。

数百年、数千年のまともな時代に、かって日本には、さらにその昔のギリシャ神話にも似た、シジフォスの神話のような徒労のような、批判を続けた、頑固で理解しがたい人間がいたと語られたら思えれば、これ又最高の至福です。

それを期待して、次回からはしばらく、次に茶屋での休憩までは、ダイレクトなカウンターでモグラ叩きをしようと「新たな怒りに変換」を自身に言い聞かせています。

そして、それでも懲りなく、

韓国全土の学校、駅、バス停、郵便局、市役所、官公庁、ATM、コンビニ、国際空港、国際商業港、消火栓など、考えつく全ての場所に、インチキ売春婦像を設置することを提唱したい。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました