判断に苦しむ産経紙・マニラの「慰安婦像」、台座プレートが損壊の報道

ニュース

産経紙には、報道しない自由はないのか?

記事では、 フィリピンの華人団体などが首都マニラに昨年12月に設置したマニラの「慰安婦像」、台座プレートが損壊 何者かが刻印文字を消されたことの記事です。

 

日本人の感情としては、撤回を要求している設置物が違法にせよ、損壊されたのであれば、これは、大いに結構な話で、歓迎すべきないようであるとは、小人ごとき、愚人のkazanには思えてなりませんが。。

記事では、

像設立で助言役を務めた華人のテレシタ・アンシー氏は、産経新聞の指摘でプレートの損壊を知ったという。同氏は「旧日本軍による暴行の歴史を記す貴重な記念碑だ」と強調し、マニラ市と相談の上、警察に被害届を出してプレートを復元する方針だという。

 

これを読めば、あの産経紙が、「余計な事を」と思ってしむのは、小人なるが故の悲しい性によるものか?

 

これが仮に、朝日か共同通信の報道で、転用分の赤線の部分の「産経新聞」を朝日か共同通信に置き換えられた記事であれば、心底、「この左翼の糞メディアが余計なことを」と思いながら、長年にわたり、彼らにより習慣づけられた、一種のマインドコントロールで、不本意ながら受け止めて記憶が薄まるのを待つだけのことで済むでしょう。

 

しかし、この種の問題提起では、日本の保守・愛国者層のリーディング・オピニオン的存在である産経紙が、赤線部のような表現で報道される戸惑いを、どうすればいいのだろう。

 

この表記の報道をすることで、産経紙は「品位」と、「公平」「理性」を発信したとすれば、産経紙には「報道をしない自由はないのか?」と言いたくなる。

 

個人的には、やりきれない思いのほうが大きい。

 

マニラの「慰安婦像」、台座プレートが損壊 何者かが刻印文字を消す
フィリピンの華人団体などが首都マニラに昨年12月に設置した、日本軍占領下(1942~45年)の慰安婦を象徴するという女性像の台座底部のプレートに刻まれていた「フ…

 

投稿板発信中

アクティビティ

コメント

タイトルとURLをコピーしました