音無しの屁・臭えば、それはそれで事実だが。。

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悪魔証明は「屁」より始末が悪い

台湾も暑くなり、また短パンTシャツ、外から戻れば、シャワーとパンツの交換の鬱陶しい時期が始まっております。

気になるのがたまに下水溝から臭う「悪臭」で、「人体」から生理現象で発する悪臭にも似てて不快そのです。

 

散歩の時につい考えてしまいました。

 

日本の政界や、一部のメディアが口角泡を飛ばして、追求する「モリカケ」の忖度と「屁」の関係を。。

事実

「屁」「放屁」は所詮「へのような話」だが「忖度」とは訳が違います。

「屁」「放屁」は客観性のある事実で、放出した人には自覚があります。

「忖度」は客観性が乏しく、著しく主観、嗜好のの領域の問題です。

その証明

「屁」「放屁」は客観性のある事実で、時には複数の証言者や、あるいは「被害者」の存在がありますが、「忖度」や、過去一年以上にわたる「関与の不在」を証明を求める、いわゆる「悪魔の証明」には、客観性がありません。

その臭覚は科学的分析が不可能です。

 

「悪魔の証明」を声高に叫ぶ野党や、メディア自体が、「客観性のある事実」を証明できないし、追求された方も「自覚」が無いのだから、所詮「不毛」「屁のよう」な話になるのが「オチ」です。

 

野党の諸君や、メディアのアホウは一度古典落語にある「転失気」を聞いて笑いこけてほしいものです。

寄席や、落語会が「忖度」し、噺家が「まくら」に、この一年の騒動を挿入させて、「転失気」を演じたら、結構世の中が丸くなるかも知れません。

 

国会近く、虎の門のニッショーホールでは東京落語会、三宅坂・国立劇場には常設の演芸場があるから、覗くのも学習かもしれません。

但し、JRのグリーンパスとは違い、議員バッジは通用シマセ~ン(^-^)

 

つまり、本件は「屁」のような話ですが、「屁」より始末が悪いということでしょう。

 

ただ心配事が一つ

ただ、サヨク、リベラルに「オチ」がわかる粋な人がどれほいるか?

演じた噺家が、文化功労書を受賞した、春秋の園遊会招待されたりすると、今度は「文科省」や「宮内庁」の「忖度」問題が起きて、国会の機能不全が回復しないリスクも排除できないかも知れない。

参考お題

 


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