反ヘイト条例の是非を討議することもできなくなった国

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言論・表現の事由が無くなってしまった国・ニッポン

「反ヘイト条例は是か非か」討論会が反対派の抗議で中止 講演の弁護士ら、会場に入れず
講演するはずだった徳永信一弁護士は「ヘイト規制が表現の自由に対する重大な侵害だ。こういう形で議論を阻止されては何も生まれない」と訴えた。対レイシスト行動集団の公…

サヨク、人権派、市民と称する勢力が跳梁跋扈する社会に日本社会の危うさを見る

こんな杞憂感を書くと、薄汚い顔で嬉々と小踊りどころか狂喜乱舞する勢力の顔が浮かんできて不愉快になります。

そして、よくよく考えてみると、この勢力はほとんど反日勢力に重なります。

 

第二次大戦後に王制から共和制に移行したイタリアで、西欧社会で最も肥大化し、その過程でソ連・コミンテルンの影響を色濃く受けたイタリア共産党でさえも、1968年のソ連のチェコスロヴァキア侵攻、1980年のアフガニスタン侵攻を公然と非難し、当時、もしソ連軍がイタリアに侵入したら、総力を上げて侵略と徹底抗戦すると公言したことを、kazanには半世紀前に弁士の名前は失念しましたが、さる講演会で聞いたことが蘇ります。

 

イタリア共産党と日本の反日勢力の国家や民族に関する思考の温度差に、大きな驚きを改めて感じます。

 

2つの音声ファイル

 

 

 

こうした社会に変わる転換点が、番組で百田尚樹氏が、昭和50年(1975年)代の報道機関が使用する用語の自主規制が行われて頃だと言います。

それは拙ブログ「2014/10/13・それは、TBSから始まった。マスコミが在日に侵されて行った経緯」で投稿した、第二ステージがそれに該当します。

https://odoaba.com/katsukazan/1011296441
日本人の油断    7月2日(水)  :中韓を知りすぎた男
中国、韓国、世界で仕事をしてきたビジネスマンが読み解く時事問題。外国人とのビジネスで知った彼らの本質、政治家や評論家には見えない視点で迫ります。

 

おわりに

この問題を取り上げるには、市井のブロガーとしては、かなりハードルが高いのが現在の環境です。

まして、facebookにブログ更新が自動共有すると、いかなる状況が待ち受けているかは火を見るよりも明らかです。

たちまちサヨクによるアカントの通報攻撃の餌食なるは目に見えています。

 

通報攻撃、アカウント攻撃が極めて普通に行われ、普通のことが、「ヘイト」によっていとも簡単の断罪させられる社会の仕組みが醸成されたのが60年安保以降であることは、おぼろげながらも、その形が見えてきたような気がします。

 

さらに、終戦後の警察力が著しく低下した時、GHQの思想犯の開放により戦時中逮捕入獄していた日本共産党員や朝鮮人が日本共産党に合流し、さらに一部の朝鮮人は戦勝国民を叫んで、日本各地に暴虐非道を行い、駅前や都市の一等地を不放行に入手し、闇市を支配し、やがてそれが駅前のパチンコ店になったというの全く誇張のない事実との関連を指摘したい。

 

日本人の朝鮮半島人に対する数歩引いたようなスタンスの原点はここにあったと推定しているkazanです。

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