「最低のプロヂューサー」・NHKの制作現場に持っていた私見は、事実だと判明

NHK

NHKプロヂューサー

番組の性格が偏向している理由は現場のプロヂューサーとディレクターが理由

NHKに関するブログ投稿は、このブログの「ブログ内検索」で「NHK」のキーワードを打ち込んで検索をかけると、181件のブログ記事がヒットします。

ブログを始めたのが2005年9月だから、13年間で181件の投稿投稿ということは、少ない方ではなく、もはや「NHK」というカテゴリーを設定サれるべき水準だと思います。

特に近年は、その偏向ぶり、印象操作がミエミエで、制作現場の姿勢は「大丈夫?」かと思っておりましたら、案の定、その馬脚が見えてきた瞬間が今朝の「虎ノ門ニュース」でした。

 

つまりNHKのプロヂューサーやディレクターが、特定の勢力の思想、主張を代弁を良しとする印象操作をすることに長けた人物が現場に充当されている事実があるということです。

 

その音声

 

音声を補完

本来冷静に事実を伝えるニュースやその解説に、陳腐な他の出来事の異質ながら、ゲスの興味をそそるような画像と音声を挿入し、ニュースとして報道したということです。

まともな番組は野球の結果放送と天気予報ぐらいか

全てのコンテンツには制作者の意思と意図があっても、その意図が、放送法4条の規定二層ものであれば、それは概ね許容範囲のものとして納得をします。

しかし、従来より思っていたことに、近年NHKの放送するコンテンツが、特定の利益集団の主張を、人権、平和、自由、権利と言う衣を着せて、あたかもNHK主張が標準で、真実で、正義であるかのような報道や番組を嫌という程見えつけられます。

つまり、放送業界には門外漢のkazanが常々思っていた、NHKの制作現場のプロヂューサーやディレクターがそうした主張をしたがる勢力の影響下にあるのではないか?

 

アナウンサーか、その台本や原稿起こし、校正するレベルの日本語レベルの劣化が目立つことで、もし、その原因が、TBS同様に、在日外国人勢力によって、管理や現場が侵されているとすればすれば、ことは重大な問題です。

直近の他の例の一部

冒頭にご紹介した通り、kazanの181件のNHK関連にブログ記事は、中には参考になった、癒やされたとポジティブな内容のコメントで投稿された記事よりも、圧倒的に多いのが、そのコンテンツの背景に見える、ある特定の勢力の主張を代弁するかあるいは彼らの主張への賛同をを誘導する印象操作が色濃く見えたことへの批判記事でした。

その直近の投稿記事リンク

https://odoaba.com/katsukazan/post-4689
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更に詳細なご興味を持たれる方は、拙ブログにある「ブログ内検索」で「NHK」をインプットの検作で100件以上の記事閲覧が可能ですのでご利用ください。

 

NHK直近の最大の不祥事

NHKの最大の不祥事とも言うべき事件あるいは問題はネット上を炎上させた「nos」こと、今理織ディレクターの一件には、NHK自体も、また報道も全くスルーする一方、日大アメフトモ問題では、アナウンサーがしたり顔でニュース報道をし、解説者がもっともらしい見解を述べているとに唖然とさせられます。

NHKという組織には、日大アメフト問題では、当事者の学生による日本記者クラブでの記社会見で見せたような潔さ、清々しさの一変の片鱗もないことを、改めて再認識させていただいたような気がします。

 

 

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