ケント・ギルバード氏の発言を焼き直しで、facebookやTwitterでは、政治的発言は当然許認されている証明

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米国のfacebookやTwitterでは、政治的発言は常識/文字起こし後の考察

日本SNS空間では保守系の投稿が不当に左翼からBan攻撃の的になる環境にあり、facebookでは極端にその傾向が激しい状況下にあります。

投稿に対してリアルタイムの反応として当該記事がBan報告の対象になるケースより、忘れかかけた、自分のタイムラインの中の、はるか2年や3年前の記事を理由にBan制裁になるですから、理解不能です。

facebookで自分のタイムラインを遡る時、過去三ヶ月でも、かなりデーターは重く、閲覧は困難な作業です。

それがfacebookのコンピュターは、一つのBanを立件するために、極めて有能な働きをしてくれる。

そして、そのBanが終われば、再びシステム次のBanを確実に立件し、再び30日が来る。

 

この状況が半年、10ヶ月続くと、さすがはGAFAの一角、そのコンピュ-タには実に、ソヒィスティケートなシステムが構築されているものと感心し、自身がそのSNSを選択した意思決定の正確性に満足感すら湧き出てくるから不思議なことです(^-^)

3月17日の虎ノ門はケント・ギルバードと北村晴夫両弁護士・「反天皇」判事の判決関係を取り上げる

3月27日虎の門N・ケント・ギルバード氏、北村晴男弁護士が出演し、北村弁護士は「反天皇制」から批判・政治活動をした判事の判決関係のくだりで、

北村氏「判事と言えども基本的にはは思想、信条の自由はあります。。」
アメリカの裁判官の政治的発言の自由度は?

ケント「あんまり許されないですね。。」
「そういう政治活動に参加してはだめだし。。」
「今東京に来ている元連邦判事はfacebookもやれないし、twitterもダメだし、何もだめだし。。」

 

ケント氏・「あんまり許されないですね。。」「そういう政治活動に参加してはだめだし。。」

そういう理由でケント氏は。元連邦判事の事例を紹介する。

「政治活動は許されていない、政治活動への参加はできない」ことから発言の自由度は制限されている⇔facebook、Twitterをやらないということは、facebook、Twitterでは政治的発言は出来るという裏返しの証明になるのではないのか。

賢明な米国の元判事は、SNSをすることで、政治的発言の言質を与えることのリスクから、SNSをしていないということが見えてきます。

オールドメディアが発信する媒体では批判、批判の表現を時に激しく相手の人格を否定し断定する表現報道内容は珍しいことではありません。

報道して対価を得ているビジネスなら、全てか許されて、市井の投稿者が、批判、見解、そしてその表現を時には激しく、あるいは揶揄する投稿が、日本のSNS空間で拒否され、同じブランドの米国社会では許容されているとしたら、このダブルスタンダードはなんだろうか?

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