中国の影響下にある台湾の現実

台湾

台湾を見れば、中国共産党の老獪さを学習できる

表向きはwin-winで進行していた、馬英九総統時代の台湾は、雲霞の如く集まってくる中国人旅行者で国内の観光地域は溢れていました。

それは、素朴な民族和解と協調の結果であったでしょうか?

じつは、中国に取り込まれ、中国に依存するように仕組まれた歴史があったことは、あまり声高に発信されていません。

画像は、8年前の馬英九総統の第二期選選挙活動期間中、高雄での応援演説会に潜入して、極めて至近距離・2.5メートルで馬英九氏の表情を確認できた瞬間です。

一見、繁栄し得るかのような台湾だったが

高雄に住み始めた頃、手にしたiPhone 4Sを手にして、朝イチに出かけた所が、高雄港の光榮碼頭、日本流に言うなら光栄ピアか光栄埠頭で、いわゆる旧高雄港の奥まった所にある埠頭ですが、殆ど船の姿は見られず、埠頭は閑散としています。

わずかの一艘の高級クルーザーが岸壁のビットにある係留柱にもやいを巻いているだけで、じつに閑散とした光景で、先入観を吹き飛ばされた経験があります。

街を歩けば、東京の日比谷公園の半分くらいの中央公園の脇を通る幹線主要道路にあるビルや、商店の空き室がとても目立つということでした。

このときの光景では、日本がバブルの絶頂期に、世界中から、批判の集中砲火を浴びている時、台湾は当時日本にに次ぐ第二の外貨保有高を持ちながら、外圧、批判を一切受けること無く、「富国」街道を悠々と歩いていたことなどは、全く想像外でした。

ところが観光地では、中国人で溢れかえる状況が。。

光栄埠頭が、立地のイメージいうなら、東京の築地交差点のあたりが、横浜の山下公園になったような所といえば、わかり易いはずです。

ここが閑散としていて、さらに離れた西子湾にある「旧英国領事館跡」と背後の急峻な丘の上にある「旧英国領事公邸」には、雲霞の如くの中国人観光客が溢れ、夜になれば、同様の光景が観光夜市の代表である、「六合夜市」の屋台街を圧倒しておりました。

それが、蔡英文総統の時代になると、一変します。

中国政府は一気に、観光客の送り込みを遮断しました。

そして、その手綱の手加減は、台湾の国内政治と、政局次第で自在にコントロールされていたことは広く知れ渡っていますが、そのコントールの背景にあるのが、中国の三戦だろうと見て取れます。

既に、とても有名になった「中国の三戦」
中国の「三戦」は。、ネットの普及でずいぶんとメジャーになりました。そのおさらいで、検索トップにヒットする自衛隊幹部学校の研究メモをご紹介します。そのおさらい(2)および中央軍事委員会(以下「中央軍委」という。)において採択され、中国人民解放

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