10月3日、twitterのタイムラインに並ぶ発信の記事の頻度で世間を知る

twitter

この2日、「ユダヤなんちゃら」の動画を堪能し過ぎ、twitterを開かなかったら、?アイコンの通知には120件以上のフォローさんのメッセージが並んで

初年時代の雑誌で見た、ネッシーとか、雪男、シーラカンスにワクワクしたようなトキメキと好奇心が、歳を経て、便利なネットツールが手に入るや、いの一番に金髪系美女の無修正画像を堪能し、そのエスカレートが終わ、正気になっても、ひたすらツールを使いこなして、情報を検索し、刺激を受ける。

そんな情報のキワードの一つが、「ユダヤ◯◯」系のキワードで、発信者の巧みな演出方法で、判っていても引き込まれます。

 

今回はまさにそれで、相手の最初のコンテンツの意思とは無関係に、それより一週間以上前に視聴してた情報が下地になり、新たな同類のコンテンツにはまり込んでいくパターンが、我ながら見事に再現できたというのが昨日の「日ユ同祖論」関係の記述でした。

最近は、少年時代のワクワクの対象が、ユダヤ関連や歴史に変わったことで、年齢を感じます。

前投稿の「日ユ同祖論関係」・その追加発信「イヤ~、フェイクは実にたのしい」 - ブログ katsukazan/ブログ 活火山→怠惰と狂気と熱風、Jazzと演歌と飲む酒が不思議と合う毎日
久方ぶりに、キーボードを叩いていて、苦痛がありません。これは「日ユ同祖論症候群」に感染したのかと思うほどです。前投稿が8,000文字を越えてしまいました。日頃のスタイルから大きく逸脱した投稿になりましたので、リンク代わりにfacebookにシェアした記事を埋め込みます。それでも趣旨の第一ポイントは↓↓↓第一印象は「イヤ...

twitter通知

それにまる二日はまり込んでいたら、PCのtwitter通知、つまりあの?マークの通知には120以上の到着があり、戸惑いました。

 

それで、一気にタブレットで、仕分け、ブックマーク、返信コメント、リツィートしてるだで、ゆうに2時間以上を費やしました。

思ったですね。

 

ヘヴィtweet投稿者の百田尚樹氏や門田隆将氏、あるい高須克弥画を堪能しすぎ、twitterを開かなかったら、?アイコンの通知には120件以上のフォローさんのメッセージが並んでました。

 

twitterヘヴィ投稿者

最初に、思ったですね。

ヘヴィtweet投稿者の百田尚樹氏や門田隆将氏、あるい高須克弥先生等は有名ですが、どれくらいの時間を当てているもんだろうと、ふと気になったりしながら、作業を進めていくと、今日は、ダントツに「香港民主化抗議運動」>「ウィグル」>「愛知トレエンナーレ」が圧倒的で、「韓国」関係はほとんど出てきません。

 

一件だけ、ソウル市議会が裁定した日本戦犯企業ナンチャラの条例交付に、韓国政府が待ったをかけたことを取り上げたメッセージがあり、いの一番に返信コメントを発信です。

 

圧倒的に多い香港関係プラス「Z国」

 

Z国への感情は、多くの、それも圧倒的な日本人と、不肖kazan同じです。

 

 

今朝偶然にも、虎ノ門ニュースでレギュラーらの有本香氏は、非常に短い時間に、日本外務省のチャイナスクールの立役者である「マキタクニヒコ」というネームを一瞬だけ口にしました。

気になってので後で、検索してみました。

 

 

百尚樹氏のtwitter

twitterブックマークで、次に多いのが「愛知トリエンナーレ」そして「韓国」「関電高浜原発」です。

ただ、これも有本香氏虎ノ門発信ですが、それは「関電高浜原発」の背景に、「人権県連問題」というキワード一瞬だけですが背景にあるという内容でした。

 

「ぴ~ん」ときました。

ここでも人権・権利リベラルとおなじ範疇の環境というか風土があったことを気付かされました。

 

「マキタクニヒコ」

放送終了後、テープ録りしてましたので、確認すると、「ヒゲの外交官」「田中真紀子外務大臣時代」「李登輝元総統」のキーワードーであったので、たしか「あのオッサンだな」と狙いをつけ検索をすると、以外と件数が薄いのです。

ということは、最も話題になったのは、宮沢政権時の加藤紘一官房長官時代の北京領事館で、天安門事件以後の世界的な経済制裁を実施中の中国へ、制裁破り同様のメガトン級の仕掛けをした仕事人時代と、総統退任後の病気治療で、母校である京都大学で医療治療を希望した李登輝元総統の入国ビザ発給を頑強に反対したことの記事と、プライベートなことの記事が僅かにヒットする程度です。

ということは、シンガポール大使、エジプト大使の経歴にしては検索ヒットが薄い印象が残りました。

唯一、目立った記述は、「マキタクニヒコ」とチャイナスクールの記述でした。

官邸外交

安倍政権になってから、官邸外交が活発化したと言われております。

安倍総理が森政権官房副長官当時の2001年当時、李登輝前(当時)総統の医療治療で正面から対立したが外務省でした。

これは政治と行政の衝突だったとも見れます。

この時の体験が、政権就任後、頑なに官邸主導外交を展開したとすれば、この手法のベースにあるのは、「アンチ・チャイナスクール発想」ではないかとさえ思えてきます。

不肖kazanは、日本改革の基本に外務省を含む、財務省、文科省、厚労省、総務省、経産省を挙げております。

この省庁の改革次第では、失われた30年をリカバーする、日本復活は夢では無いはずですが、最近は、改憲すら「やるやる◯◯」の掛け声とまで、陰口を言わているらしいのが、台湾にまで伝わってきます。

暗いですね。。

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