あの寅さんの寅次郎、少年時代がドラマ化★、画像を見て驚いた。。この画像は、世田谷自然サヨクか?

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スチールを見て、昨年急死した義弟が昔ハマっていた韓流ドラマの「葛飾」版を連想した

このスチールは、本当なのだろうか?

なにかのファンタジーではないのか?

かなり以前、歴史学者で宮脇淳子博士が解説していた東洋史の朝鮮半島史では、「染料とその技術が無いため、色彩豊かな織物は存在しなく、あっても、それは高貴な王家、王朝の特殊なファミリーでだけが着用できた歴史背景があって、韓流ドラマでは、すべての登場者が、カラフルな衣装を着用した内容は時代考証にそぐわない」と発言してました事を思い起こしました。

 

実はkazanの東京下町遍歴は、長いのです。。

35年前に、横浜市の住人から、東京下町に。

足立、荒川、台東区で生活した経験があります。

その経験で、葛飾区を見るなら、当時とて、ある面でのインフラはかなり遅れており、特に荒川を渡った、足立区と葛飾区はかなり顕著であったことを記憶してます。

その下町で生活し始めた頃、自宅の近所はで、金八先生のロケが行わており、有名な関屋(京成)牛田(東武)の両駅の間を今の柳原千住園に向かう途中に東武の有名なガードがあります。

何で有名かと言えば、ガードの高さが低いの、東京のタクシーは進行できません。

タクシー車両本体の天井について会社のマークがガードに当たり、破損します。

 

この画像の標識の手前20~30メートルのところに、古い木造の2階建てアパートがありましたが、そのに階に一室の窓の縁に腰掛け、外の若い青年に、いつもの寅さんがあののチェックの背広姿で、片手をあげた「イヨッ、青年ナントカ」言う場面のひなびたアパートがありました。

そして今ガードの先のT字路の左には3階建てのナントカ医院があって、ここも寅さんが駆け込んだ下町に医院として撮影に使用され、この付近が同時にTBSの金八先生の主要な下町商店街と、荒川土手への動線に使用されるるロケ地でした

つまり、自分がかなりディープに墨田川と荒川の地域に関わったことから、このスチールには、リアリティはほとんど感じられません。

 

あらすじはは結構ですが描写が。。

<あらすじ>
昭和11年2月26日。車家にも226事件が勃発。
雪のこの日、帝釈天の参道にある団子屋の軒下に置かれていた赤ん坊は、この家の子供になった。
そして腹違いの妹さくらの誕生、小学校時代に始まった戦争と父の出征、初恋・・・そしてその後の寅次郎につながる家出。
忘れたくない真っすぐな心と、そして、少年の目を通してこの時代を正直に生きた大人たちの世界が描かれる。
フーテンの寅はこうして出来上がった。

 

終戦の頃が小学生か中学生という設定になると思います。

昭和23年か24年の世相や光景は想像では、24年に下山事件が上段のガードを進行した先にある常磐線の北千住と綾瀬間で起きた事件があり、戦後の復興とはまだかなり乖離のある殺伐した光景と生活がある地域です。

むしろ、NHKの「たけしくんハイ!」の世界のほうがピッタリのリアリティがあり、そこの世田谷自然サヨクを彷彿させる、「おぼっちゃま」が悪ガキの「寅次郎少年」という設定は荒唐無稽です。

帝釈天

義父の日曜日のウォーキングコースに月イチかそこらの、西新井大師サンと三回に一度くらいの帝釈天があり、何度かご一緒させていただきました。

当然、荒川の西新井橋や堀切橋をわたり街並を見ながら往復します。

水戸街道のJR金町駅付近は裏手の強大団地群で都市化が進んでおりましたが、帝釈天の周囲と帝釈天のある京成金町線の柴又付近は、巨大な建造物は帝釈天、そこのつながる表参道の柴又商店街、かなり離れたところにある金町浄水場くらいのもので、畑と町工場、アパート、住宅がでん風情の濃厚な風景に散在するような光景が広がります。

おしなべて、荒川以北の両区の下水道整備はかなり遅れていました。

スチール画像とスチールの衣装はファンタジー

まるで、韓流ドラマの、両班(貴族)や平民役の出演者のカラフルなカラーデザイの衣装で惑わされた、ファンタジーを全面に押し出した演出にうっとりした日本の中高年を知っているkazanにとって、今回に「寅次郎少年」の衣装と演出には、韓流ファンタジーを見るような思いがしてなりません。

昔、知り合いの夜の銀座警察のインテリ系「やの字」のオッサンが、飲んでる席で、とうとうと世界三大白衣民族とはメキシコ、インドを含む西南アジアから中東と朝鮮半島の住人ということを言ってました。

説得力ある分析です。

それ故、今回のドラマの演出の意図的なファンタジーが鼻につきます。

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