2025-05

メモ

初体験のPC回復作業で悪戦苦闘

最近AIでPCを酷使してるせいか、PCの不調が続きます。ストレスです。AIのcopailotと延々と処置をしていきますが、一向に解決しません。手元にインストールディスクがあるので、最悪の時は、クリーンインストールを念頭に、初めて回復ディスクの作成からの回復を試みますが、悪戦苦闘です。それならと表示されたメニューでクリーンインストールに近いようなのがあったので、それを選択したら一気に回復モードで回復です。
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半年以上続く「財務省解体デモ」──異常な沈黙と国民の怒りが交錯する霞が関の風景

【はじめに2024年12月に東京・霞が関の財務省前で始まった「財務省解体デモ」。その動きは今や半年以上継続し、単なる一過性の抗議ではなく、日本社会全体に広がる「声なき怒り」の象徴となっています。しかもこのデモは東京だけでなく、全国の財務局へ...
東京バージョン

虚構の「技術大国ニッポン」に踊らされて:失われた40年を振り返って見えたもの

1980年代、経済大国ニッポン、技術大国ニッポンが存在した。それが、1986年のG5・プラザ合意で日本円の円高為替誘導により、大国ニッポンは虚構の大国に甘んじて40年が経過した。1980年代、企業の尖兵となった団塊世代は、仮に人生80年と仮定するなら、その半生の40年間が「失われた40年」にそっくり重なる。それでもこの40年は「経済大国」「技術大国」を自負しtが、それは虚構に過ぎなかった。虚構を吹き込み、国民を誘導した勢力が日本国内に存在した事実を知る。
熱量看点

「失われた40年」と財務省の影:誰がこの国の舵を握ってきたのか?

多くの人の概念には、「失われた30年」の認識はある。1986年9月にニューヨーク・プラザホテルで開催されたG5首脳、蔵相、中央銀行総裁会議での「プラザ合意」で強すぎた「日本円」の「円高主導」を国際的に約束させられた経緯がこの失われた30年の起点になるが、それが、2025年9月で「失われた40年」になることを、多くの国民もメディアも認識していない現実がある。小欄は、この「失われた40年」を警鐘・喚起するものです。
東京バージョン

気が付いたら「失われた30年」は「失われた40年」になっていた

キーワード「失われた30年」がメディアで登場して以来、「30年」がすりこまれてしまった。起点を調べたら1986年のプラザ合が起点で、3年後の1989年に諸費税が導入され、日本完全に成長がとまる。その分の成長は、すべて中国、台湾、韓国に吸い上げられる結果になった。