第三次ポエニ戦争・ローマ人の教訓

memo

フェニキア人の城塞都市国家・カルタゴ

ローマはカルタゴとの最後の戦争でカルタゴを落とした後、カルタゴの地に地中海の塩水を大量のばら撒いた史実を思い起こす。

最後の戦争が第三次ポエニ戦争だ。 そしてフェニキア人の都市がカルタゴで、言わば地中海の覇権を争った三度に及んだ戦争。

ローマ人の報復というより100年の安全を確保する知恵

ローマ人の知恵は、フェニキア人の住むむその地が二度と人の住めない土地にする必要から、犂で、塩を撒いたと言われる。 塩をまかれ、塩分をたっぷり含んだ土地では草木は生えず、農業生産も牧羊も出来ない不毛の地となり、フェニキア人は無論のこと、人も羊も生活できない環境になる。

カルタゴ

当時は塩は貴重品だとすれば、目の前の地中海の塩水を念入りに散布することで、永久のその地に、フェニキア人が住めない土地に変えたのだ。

塩水をまくことで、ローマ人のフェニキア人からの地政学的リスクを永久的に排除した知恵だと理解する。

残虐で常軌を逸脱し、好戦的で暴力的、さらに非人道的な文化の破壊者の未来が、2,000年前近くのカルタゴのフェニキア人の光景に重なる。

今、学ぶべきは、ローマ人の思考だろう。ローマ人の安全保障感覚だろうと確信する。

番外・「Carthago delenda est・カルタゴ滅ぶべし」

少タイトル「カタログ滅ぶべし」はググれば、ローマ人の議会演説の結句のように挿入されていたとする記述がありラテン語の「カタログ滅ぶべし」があった。

短文だ。”Ceterum autem censeo, Carthaginem esse delendam”は、ラテン語の言い回しであり、「ともあれ、カルタゴは滅ぶべきであると考える次第である」になりそう。 機械翻訳でもおそらくそうなるだろう。。

ポエニ戦争時のカルタゴに対するものとして、おそらくローマの元老院あたりで用いられた、ローマの政治表現であるとの記述が、検索でヒットする。

臨場感全開のローマ元老院の光景

おそらく、ローマ人の元老院で主戦派が、あるいは地政学的リスク排除派の元老が、「アーダらコーダら」発言、あるいは演説をし、最後に、”Ceterum autem censeo, Carthaginem esse delendam”を言って発言、演説を終えたということで、臨場感の漂う元老院の光景が目に浮かびそうな気がしてる。

日本の国会、メディアの社説の最後に、「しかるに、◯◯は滅ぶべしを言って、▲▲議員の質疑えへの回答とします」なんて言ったら、国会中継も一段と熱気を帯び、情弱系ワイドショー原理主義者を国会中継の視聴に呼び込むきっかけなるかも知れないと思うと愉快になる。

別に目新しいものではない

事実80年年前の日本でもメディアがやったでしょうよ「鬼畜米英、撃ちしてやまん」「七生報国」「1億総国民火の玉だ」と。。 民族、国家のエネルギーが集中しかける時にかならず出てくる「掛け声」で、米国の「リメンバー、パールナンチャラ」は米国版の同系のものだ。

つまり〇〇に国名やなんちゃら国共産党をはめ込めば、2100年以上の時空を越えて、ローマ人の感性は日本の政治空間、言論空間、メディア空間で十分使用可能だ。

個人的にはこの思考をゆっくりと拡散していきたいデス。 しかし、SNS、特にfacebookはアキマヘン、 ポリコレ、言葉狩り全開空間だから、ご注意を。。(^o^)

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